千面奇謀
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千面奇謀
花雨から何の音沙汰もないだけならまだしも、絶命堂はまだ「力を尽くしたとしても無剣に敵わなかった」と言い訳できる。
しかし、花雨が剣塚に帰順したことを知った後、堂主の千隠はイライラしてたまらない様子だった。
しばらく経って、血蓮宮宮主の黒羽が自ら訪れてきた。
密談の後、万策尽きの千隠はかつて絶命堂の暗殺者だった独釣寒江を訪ねた。
この日、噂を捕えるのが得意な夜燭言が旧友のお見舞いをしに、纏心竹塢の家へ来た。
独釣寒江:やっときたな。
夜燭言:わかっていたのか。
独釣寒江:この江湖の人間なら、誰でも知ってるのだろう、お前がお節介ってこと。
夜燭言:俺は友人に対してしか節介しない。
そうだ、絶命堂が花雨を狙ってるって聞いたんだが?
独釣寒江:一体どこから、そんな極秘情報を仕入れてくるんだ?
夜燭言:あっははは、それは教えられないな。
ところで、そろそろ千隠が君にちょっかいを出すころかなと思ってついでにお見舞いに来たんだよ。
独釣寒江:ついでに?なるほど……剣塚にこの件を伝えるつもりだな。
夜燭言:それは君が任務を引き受けるかどうかによるな。
独釣寒江:ちょうど話そうと思ってたところだ。
夜燭言:分かった。
……先に草鞋を履いたらどうだい?
あるいは竹塢に上がらせてもらって一杯やるかな?
夜燭言は仕方がなく首を振った。
独釣寒江は自分が裸足で立っていたことにふと気付き、頬が熱くなり困った顔をしている。
ようやく一言喋った。
独釣寒江:……入れ。
夜燭言:そういえば、しばらく会ってなかったな。この竹塢は相変わらず……おや!?
壁を一面無くしたのか?
独釣寒江:外に出るのが面倒くさいから壁を壊した。
夜燭言:えっ……
独釣寒江:ここを山色を眺めながら茶碗で一服する。まっすぐな釣り針を玉湖に垂らして読書しながら獲物を待つ。
なんて心地の良いことよ。
お前だってきっと、この壁を壊してしまうだろう。
夜燭言:俺が君なら、心の中の「刺客」という壁をぶっ壊すのだがな。
独釣寒江:えっへへへ
夜燭言:本題に戻ろう、任務の話をしてくれ。
独釣寒江:千隠に頼まれたよ、花雨を始末しろって。
夜燭言:ふっ……刺客は大変だな。敵だけじゃなく、味方も警戒しないといけないなんて。
独釣寒江:失敗したら死ぬかもしれないよ。これは刺客の鉄則だ。
しかもこの業界に「仲間」という言葉はないだろう。
夜燭言:当ててみようか。君は引き受けてない。
独釣寒江:その通り、昔の仕事に未練はないんだ。だから断った。
夜燭言:あは、彼女を指導したことがあるからだと思ったのだがな。
独釣寒江:引退してなくても引き受けないよ。
負け犬を始末するなんてくだらない。
夜燭言:ではいつも通りだな。自分が見定めた相手だけを殺す。
独釣寒江:それは俺の原則だ。
独釣寒江:そういえば、剣塚の主だが、気になるな。
花雨みたいな壊れた人形が懐くなんて、一体どんな人物なんだ。
夜燭言:この前友人と飲んだ時に聞いたんだけど、
無剣はあらゆる武学に精通し、その境地は誰も及ばないという。
でももっともすごいのは、あいつの「仁の心」だそうだ。
夜燭言:花雨が剣塚に降ったのも無剣の力だろうな。
おい待て、無剣に目をつけたのか?
独釣寒江:正直にいうと、俺は無剣とやるつもりだ。
これは任務ではない、俺の、宿願だ。
夜燭言:なんだと?
独釣寒江:あの日、千隠から花雨のことを聞いたあと、剣塚に行ったんだが……
新たな目標
その後その人物は剣で虚空を撫で、剣気だけで多くの魍魎を消滅させた。実に驚嘆を禁じえなかった。
こいつが無剣ではないかと俺は思う。
独釣寒江:武を学ぶものが、実力が同等の相手を求めるのと同じように、刺客も自分の名に相応しい標的を求めるものだ。
隠遁する前に、俺は何十人も殺してきた。寨主も、標頭も、幇主も、掌門も。しかし俺の相手ができる者には、出逢えず仕舞いだった。
独釣寒江:もし無剣と剣を交えられるのならば、たとえ戻って来れなくとも、頂点に至ったと言えるのではないだろうか。
夜燭言:交えるのは良いが、ほどほどにしておけ。なぜ命を賭さなければならんのだ?
独釣寒江:刺客は皆、人を殺めるしか能がないのだ。その他の選択などない。
手加減することは侮辱に等しい。
夜燭言:どうしても行くのか?
独釣寒江:俺の友なら、そういうことは聞かないと思うが。
夜燭言:はあ……何か力になれることは?
独釣寒江:無剣の考えを探ってはもらえないか?
隙間から射し込むモヤモヤした木漏れ日に、渓流に流された花びら。
訪ねた客人を連れ曲がりくねる小道に沿って剣閣の庭まで歩き、石の机の両端に座り込んだ。
夜燭言:夜燭言と申す。剣塚の主の威名は聞き及んでいる。
本日面通り叶い、実に幸い。
無剣:お越し頂きありがとうございます。粗末なおもてなしですが、お許しください。
夜燭言:ありがたき幸せ。
無剣:妙手が南へ行く前に私に夜燭言という飲み仲間が近々に剣塚を訪問すると伝えた。
もちろん妙手の友人ならば、ここでは礼儀に拘らずに、
私のことを無剣と呼んでください。
夜燭言:ははは、あい分かった!
無剣:しかしどうして妙手が不在の間にお越ししたのか?
夜燭言:剣塚の英雄豪傑に顔を覚えてもらいたく、白扇に無理をお願いした次第なのだが、
実は先日、絶命堂の刺客が裏切り者の花雨を暗殺しようとしていることを耳にしてな。
剣塚に知らせなければと思ったのだ。
無剣:本当ですか?
夜燭言:間違いない。
夜燭言:俺は花雨とは顔見知りで、また我が友に師事していた縁もあるのだ。
今回知らせに上がったのは、彼女が難を逃れられるよう、剣塚が早めに準備を進めてもらえればと思っている。
無剣:通り一遍の知り合いの花雨のために、万里を渡って剣塚まで来られたことに、深く感銘する。
少々ここでお待ちください。みんなに知らせてくる。
夜燭言:ご好意、ありがとうございます。
夜燭言:実のところ、絶命堂主は我が友に花雨の暗殺を依頼したのだが、隠遁したやつはこの任を引き受けなかった。
恐らく堂主は奴を困らせようとするだろうから、奴の顔を見に行こうと思っている。
無剣:(絶命堂は今血蓮宮に従属する。血蓮宮は木剣の命令に従うのだ。)
(絶命堂を潰さない限り、危ない目に遭うのは花雨一人じゃない……)
無剣:なるほど、道理であの噂を確信するものね……
ところで、友ってもしかして独釣寒江のことですか?
夜燭言:えっ、奴を知っているのか?
無剣:花雨から聞いたの。絶命堂の刺客は暗殺の道具として育てられて来た。
使えない人はすぐに処分されるが、独釣寒江だけが例外。
彼から武を学ぶごろだけ、人間らしく生きていたと。
無剣:だから絶命堂にあなたの友がいるとしたら、それはきっと独釣寒江に間違いない。
夜燭言:あっははは、その通り。
独釣寒江は元は刺客だったが、奴は自分なりの筋を通す。
殺人に執着しなかったので、程なく江湖から遠ざかった。
夜燭言:しかしあいつは拘りを捨てていない。
俺が剣塚に来るのを知って、あなたに伝えてほしいことがあると言ってきた。
彼と武芸の腕くらべをしてくれないかと。
無剣:ふふ、もちろん。武芸で挨拶をしよう。
それなら、今度は彼を誘って、二人で来てください。
夜燭言:あい分かった!では今日は失礼する。
夜燭言を見送るところ、聴き慣れた角笛が鳴らされた。
夜燭言:魍魎が襲ってきたのか?
無剣:私が処理する。
夜燭言:「友人にはお節介」なんだよ俺は。さあ、早く片付けよう!
無剣:分 か り ま し た 。
好敵手
無剣:震天は動きが鈍い。九曲、そいつらに近づかせないで。
九曲:漁網陣!
越女:っくぅ…!
無剣:こいつたちの力が非常に強いから、力勝負はダメだわ。速さで隙を作ろう。
越女:私に任せてください!
無剣:ナーガ、横に気をつけて!
蛇王ナーガ:安心して。
独釣寒江:剣塚には奇人異士が多いな。中原出身ではない侠客もいるとは。
しかし、彼らは呼吸が合っていない。包囲されたら、無剣自ら出なければならないだろう。
狼の遠吠えに命令されて、魍魎たちは両側から挟んできた。
挟み撃ちに対して、無剣は三人の隙を埋めながら、剣気で仲間の技と連携していた。
どの兵器も精通しているようだ。
一瞬目を凝らしてから、独釣寒江は大笑いをした。好敵手が見つかって、錆び付いた心はまた興奮で鼓動させている。
魍魎に発見されないうちに、闇の夜に彼が姿を消した。
渭水の釣り人
きちんと並んだ草鞋と閉めかけの扉、それに生臭い匂いがする釣り竿。
部屋の中から咳く声が聞こえてきた。
夜燭言はためらった末、嘆きながら中に入った。
独釣寒江:来たか?
夜燭言:ああ。
独釣寒江:まあ座れ。机の上の酒は好きに飲むと良い。
あぐらをかいて座り込んだ夜燭言は一杯の酒をとって弄んだ。
彼は飲まずにただ酒の匂いを肺まで滲み込むように思いっきり嗅いで、すっきりした顔でいた。
独釣寒江:なんだ。俺が毒を入れているとでも?
夜燭言:俺はな、間違った酒を飲んだらまずいと思っただけだ。俺らは好きな酒が全く違うからな。
煙草は吸わないのか?
独釣寒江:はは、俺も吸いたいけどね。でも、どこを探しても煙草がないのだ。
夜燭言:さっき外にいた時に、咳をしているのが聞こえたが、風邪でも引いたのか?
壊れた壁の方をチラっと見て合図した夜燭言に、独釣寒江は心得たように頷いた。
すると夜燭言は突然大笑いした。独釣寒江は意味不明のためただ呆れた。
夜燭言:千隠堂主、
あんたの「千変万化」はさすがだが、俺から見ればボロまるだしだぞ。お前の名誉は完全に地に落ちているな。
千隠:ならば、お前が一々突っ込まないことに感謝しないとな。
夜燭言:いや。俺が独釣寒江のことをよく知らなかったのなら、きっとお前に遊ばれていたでしょうな。
千隠:お褒め頂きありがとうございます。
夜燭言:俺は絶命堂とはなんのしがらみもない、
俺の友達を狙わなければ邪魔もしない。
なぜ俺の友を困らせる?
千隠:弊絶命堂が裏にも表にも顔が利く夜燭言さまに迷惑をかけるなどもってのほかでしょう。
わたしはただ酒を飲み交わし、親交を深めたいと思っております。
夜燭言:友は心で交えるものだ。さっきこいつが言ってたぞ、心や顔無き者とは交わりたくないとな。
夜燭言は大笑いしながら二本の刀を下ろして、酒を飲み尽くした。
その平然とした顔を見て、千隠はかえって不安になり、さらに夜燭言を脅かした。
千隠:ふん、お前の好きにはさせん。
夜燭言:最初から五体満足でここを出ていけると思ってはいない。
千隠:罠だと知っていて、なぜ入ってきた?
夜燭言:言うに及ばん。
友が災難に見舞われているのだ。知らぬふりなどできるはずもない。
千隠:ご友人を賭けの理由にするとは、燭言殿が賭けに弱いのは本当のようですな。
夜燭言:すまないな。友に賭けた時は負けたことがないのだ。
千隠:今回は例外になりそうですよ。
ささあ、続きは絶命堂にて。
手足封じ
無剣に気づかれて任務が失敗したら、俺は友を一人失うだけだが、お前らは全員死ぬぞ。
もっと離れろ。
寒江はそっけなく左右の赤血蓮を叱って、一人で影の中に潜った。
剣塚は四周が奇石に囲まれ、一見ありふれた光景だが、実は罠と仕掛けが多く設置された。
下手に入ると、道に迷うどころか、命まで落とされる。
陣の解け方を考え込んでしかめた独釣寒江だが、しばらくしてまだどうしょうもない。仕掛けには詳しいけど、五行八卦は分からないから。
しかもこの剣塚の迷陣は玉簫の「八卦迷陣図」に従って設置されたものだから、
構造は極めて複雑であって、一般人には解けるはずがない。
時間が過ぎてゆき、絶命堂にいる夜燭言のことを心配し、独釣寒江はますます焦ってきた。
仕方なく魍魎を出し、遠くから陣を強行突破しようと図った。
しかし一番外の石を壊した途端、陣中から二人が現れた。
花雨と無剣が空を跨いで魍魎の方へ突っ込んだ。
花が咲いた瞬間、針は雨のように降り注いだ、そして形のない剣気が敵を打ち払った……
一瞬にして、魍魎は全滅した。
二人の後ろ姿を見つめながら、独釣寒江は茶葉を燃やして、一口吸い込んだ。
独釣寒江:(ふん、やっと精巧な傀儡でなくなったな。)
ゲホゲホ……
茶葉を吸いながら咳き込んだのはこれが二回目だ。前回といえば、それは彼が初めて煙草の代わりに茶葉を吸いた時だった。
一番強烈な煙草も茶葉の香りに敵わないが、一番濃厚な茶葉だって血の味に比べられない。
そして今彼が感じるのは苦い味でしかない。それが俎の鯉になった苦みだ。
夜燭言を千隠に人質に取られたことを知った時から、今になっても、まだ逃れる方法を思いつかなかった……
数十名の精鋭の死体が地面に倒れている。裸足の独釣寒江が死体を跨いで、血まみれの手裏剣を収めた。夜燭言に変装した千隠が広間の椅子に座っており、口を封じられた本物の夜燭言は隣に立っていた。
千隠:手際が良いね。さすが独釣寒江。
独釣寒江:まだ部下を無駄死にさせるつもりか?
千隠:こいつらは夜燭言を護送していたのだ。死んで本望だろう。
独釣寒江:彼を解放しろ。
千隠:五日以内に花雨を殺したら解放するさ。
独釣寒江:彼が死ねば、お前も死ぬ。
千隠:私が死ねば、彼も死ぬ。
独釣寒江:……ふん。やれば良いのだろう。
千隠:あっはは、物分かりが良くて助かるよ。
おい、夜燭言さまを地下牢に案内してゆっくり休ませて差しあげろ。
突如柱の裏から現れた二人の刺客が、夜燭言を連れて階段を下がって行った。
鉄の扉が閉めた後、千隠はようやく喋った。
千隠:この十人の赤血蓮をつける。定期的に私に連絡が来る。
もし妙な動きをしたり、連絡が途絶えれば、その結果は分かっているよね。
独釣寒江:この凡才たちは、邪魔にしかならないな。
千隠:訓練はしている。監視の仕方も知っている。
何もなければお前の邪魔はしない。
独釣寒江:花雨を消したいなら、まず無剣を倒さなければならない。
魍魎で腕を試すぐらいは許されるよな?
千隠:好きにしろ。元々消耗品だ。
しかし、五日以内に任務を終えなかった場合、夜燭言は死ぬ。
千隠:もしお前が死力を尽くして無剣に殺されたのなら、夜燭言は解放しよう。
独釣寒江:千隠、お前の言葉、信じてもいいんだろうな。
千隠:彼を殺したらもっと大きな問題が起きるんだ。
だから安心して良い。解放するべき時はちゃんと解放する。
風に向かって夜の静寂に佇んだ独釣寒江だが、
瞳が夜闇と同じぐらい暗かった。その一刻、確実に死神の指に触れた。
独釣寒江:(ならいっそのこと、剣気の元で死んだ方が、ましだと思わんか。)
とっさに、ゆらゆらと蝋燭の火が湖の底から燃えるように昇って伸び広がった。
独釣寒江は静かに笑ったが、湖底の水より冷たい笑顔だった。
独釣寒江に命じられ、冥狼爪は残った魍魎を率いて剣塚へ突き込む。花雨と無剣は共同に迎撃した。
角笛が鳴り出して、さらに四人が戦闘に加割った。
求死の念
無剣:あなたが独釣寒江ですか?
独釣寒江:そのとおり。
無剣:私と手合せしたいと夜燭言から聞いて、ぜひ剣塚に来てくださいと彼に伝えたけど、
どうも今日は誘いに乗って来られたわけではなさそうね?
乱石陣の外は広い空地だったが、そこにいる独釣寒江と後ろの二人の赤血蓮以外、さらに八人の敵が遠くに立っていた。
独釣寒江:客でもないし、腕くらべでもない。人を殺すために来たのだ。
無剣:誰を?
独釣寒江:花雨だ。
無剣:夜燭言からあなたが隠遁されたと聞いたが、どうしてまた江湖に復帰するの?
独釣寒江:お前が知る必要は無いよ。
無剣:花雨が確かに絶命堂の刺客だったが、今や我が剣塚の仲間。
彼女に手を出せば、私が必ず食い止める。
独釣寒江:やってみたら。
無剣:しかし刺客とは、隠密行動の方が自然だと思うが、どうして意図をわざわざ教えてくれるのか理解できないが。
独釣寒江:俺はあいつらとは違うのだ。他人を巻き込むなんて卑劣な手段は使わないよ。
無剣:ほぉ?
独釣寒江:俺はな、狩り人と獲物の究極の対決を求めているのだ。命を掛けた狩りと、全身全霊の足掻きを。
無剣:あなたにとって……(生死に何の意味があるか?)
隙を見せた刹那、手裏剣が二枚飛んできた。
剣の契り
隣にいる赤血蓮の顔が真っ青になった。独釣寒江が簡単に負けると予想してなかったからだろう。
独釣寒江:なぜ殺さない?
無剣:付け入るのは好きではないから。
独釣寒江:というと?
無剣:あなたの動きが特別だが、どうも手足が縛られたように見えた。
何か気にかけることがあって、思い切りに発揮できなかったようですが。
独釣寒江:ふん。
無剣:何を心配しているの?
独釣寒江:花雨の暗殺は任務だ。しかし貴殿との対決は俺の宿願。
任務を達成するために、宿願と任務を一緒にせざるを得ないとはな。
独釣寒江:貴殿の動きは事前に観察させてもらった。しかし、決闘としては間違っている。
無剣:分かりました。
では、あなたの技を見せてくれれば公平になるでしょう。
独釣寒江:……本当か?
無剣:ええ、元々夜燭言に頼まれていたから、私もあなたと公平に決闘をしたい。
私の技はどれほど把握したのですか?
独釣寒江:三手。
無剣:では、剣の代わりにこの木の枝で、あなたの三手を見せていただく。
独釣寒江:俺の剣筋は読みにくいが、わかるのか。
無剣:やれば分かります。
独釣寒江は横の赤血蓮をチラっと見てから、技を構えた。
独釣寒江:良く見るが良い。
独釣寒江は一歩引いて、十枚の手裏剣を何気なくばら撒いた。
釣り竿を振り回すと、手裏剣は悉く糸に釣り上げられ、
飛び魚みたいに私の首へ飛んできた。
無剣:(十面埋伏?)
身を避けず逆に釣り糸の先にある重みへ向かって跳んだ。
十枚の手裏剣がすれ違って、一枚も触らなかった。
独釣寒江:(願者上鉤!)
独釣寒江は喜びが浮んで消えた。
手を後ろへ振ると、釣り糸が重みを引っ張って私の背中へ襲ってきた。
手で払おうと、今度は独釣寒江の左手に握った煙管が私の胸元へ刺してきた。
(腹背に敵を受けた……ならばいっそのことで。)
木の枝を二つに折って、できるだけ体を伏せながら、両手で一本ずつの木の枝で、独釣寒江の攻撃を払いのけた。
独釣寒江:(双管斉下!)
独釣寒江は顰めて、突然一歩踏み込んだ。
釣り竿を引き戻して頭上から切り下ろしてきた。空に舞い狂っていた糸は一瞬利剣と化し、
私を真っ二つに斬る寸前だった。
無剣:(死生の際、どうやってかわすか……)
(そうだ!)
煌めく一線が襲来した時、私は木の枝を捨てて、足でさっきの手裏剣を蹴り上げた。目の前に斬ってくる糸を手裏剣で食い止めた。
独釣寒江:(移花接木?!)
三手を尽かした独釣寒江は茫然と佇んだ。
無剣:今夜はお互い元気を養って。明日この時間でここでまた会おう。ごゆっくり休んでください。
独釣寒江:明日、ここで待つ。
天下を欺く
監視役の赤血蓮たちは周りで身を隠し、機会を伺いた。
時間ギリギリまで、微笑んでる無剣が落花を踏みつけて石陣から現れた。
無剣:昨日と違いますね。
独釣寒江:ふん、これこそ本当の俺だ。
無剣:死も生も度外視している。
独釣寒江:自然の道だ。
無剣:もういいか?
独釣寒江:ああ。
そして長い間、二人は喋らず動かずでいた。
舞い落ちる花びらが時間の流れを証明しているが、この場の風さえもまるで固まったようで、観客の呼吸を奪った。
無剣:どう動き始めればいいのか忘れたから、ご先攻を。
独釣寒江:俺もわからん。
二時間経っても依然どちらも手を出していない。
リーダーの赤血蓮は息を殺して形勢を観察している。
それを見て、他の赤血蓮もやむえなく動きを抑えている。
彼らから見ると、ただ長引いているだけのように見えるだろう。
その真の意味は武の境界を悟った者にしか理解できない。
達人の対決にて、受け止めるのが下、打ち返すのが中、予測するのが上。そして、相手の手を出させないのが最上だ。
独釣寒江はしっかりした防衛の姿を見せてくれた。
無剣は手がかりを見つけるまでは先に攻撃できないが、
殺意を捉えることによって、独釣寒江が動かんとすると、無剣は必ず彼より一歩前に反応するに違いない。
無剣は全身を寛いで、泰然自若としていた。いささかの殺気も放っていなかった。
逆に独釣寒江は無剣の考えを掴めようとしても、全く読めなかったため、ちっとも動けなかった。
窮境に追い詰められた独釣寒江だったが、これ以上打開策がないと、戦わずに負ける羽目になりかねない。
まるで世界中にたった二人の人間がいるようだ。声が絶え、草花が色あせた。
観客の手が届かない場所で、二人の死闘が空間をモノクロに染まった。
リーダーの赤血蓮は目まぐるしい刀剣の閃光に呆れた。
額には汗をかき頬から落ちたが、拭こうとした時には既に花びらに落ちた。
微かな響きで戦いが終わった。独釣寒江と無剣が赤血蓮らの視野から消えた。
ポン、ポン、ポン。
再び二人が姿を現れた時、独釣寒江の煙管は真っ二つになって地面に落ちた。
釣り糸に引っ張られた手裏剣は無剣の喉に飛んでいった……
冷雨氷絲
十手の後、ようやく勝負が決まった。
千切り裂いた釣り糸が落花とともに舞い落ちた。無剣の眉間に狙う手裏剣はまだ手に握られていたが、
もう心臓の部分が無剣の剣たる指に刺されている。
無剣:ありがとうございました。
独釣寒江:この独釣寒江……一生に悔いなし……
独釣寒江は倒れた途端、監視の赤血蓮はふと消えていった。
生死の賭け
千隠:ふん、独釣寒江が無剣と決闘だそうだ。
あなたは誰に賭ける?
夜燭言:この勝負、難しいな。
だが誰が勝ってもお前は死ぬだろうけどな。
千隠:はっはは、冗談がうまいな。
夜燭言:はあ、毒入りの酒を飲んで囚われてしまった身だ。もう少し楽しくやらなければやってられん。
千隠:貴方が功を練らない限り、毒はお前を侵さない。
良い報告が聞ければ、解毒剤は渡す。
夜燭言:話のわかるやつだな!このままずっと地下牢にとじ込められるのかと思ったぜ。
千隠:宮主は貴方と仲がいい。
この前は独釣寒江の手前。少しはらしくせんとな。誰も貴方に害を加える勇気などない。
夜燭言:ほう?ということは、俺を殺すつもりはないと?
千隠:独釣寒江は貴方の友だ。彼が拘りを捨てて、拒否した任務を引き受けた以上、必ずやり遂げるだろう。
私の計画において、貴方は初めから死にはしない。
夜燭言:は、お前に感謝すべきか、あいつに感謝すべきか分からんな。
まあやることもないから、もう少し話さないか?
千隠:何を話す?
夜燭言:気になっていたのだが、なぜ花雨に執着する?
千隠:執着?絶命堂を裏切ったからには、死あるのみ。
夜燭言:なぜ自分で手を下さない?なぜ隠遁した独釣寒江に頼んだ?
千隠:剣塚は守りが堅くてね。外側にはカラクリの陣、内側には達人が控えている。
花雨がしくじった後、彼らは身分照合に暗号まで使い始めた。もし花雨を殺すなら、まずは無剣を倒さなければならない。
千隠:実力でいえば、私は独釣寒江に劣る。
夜燭言:そうだな。
しかし剣塚の一戦、あの天下無敵の木剣でさえ無剣に敗れたのだぞ。
独釣寒江が如何に強くても、無剣に勝てるとは思えん。
千隠:正面からぶつかれば独釣寒江は必ず死ぬ。
しかし、刺客には、刺客の戦い方があるのだ。無剣は表、あいつは裏。無剣に勝てなくもあるまい。
夜燭言:独釣寒江は絶命堂に仕えていた。あいつにはあいつの拘りがあることを知っているはずだ。
あいつは変装を嫌う。お前みたいに卑劣な方法で強制するのもな。
あいつが人の弱みに付け込むとでも?
千隠:どうやって任務を遂行するかは彼が考えるでしょう。
夜燭言:花雨はお前の手下の一人でしかない。
彼女の実力はそこまで高くないし、堂中でも機密に触れられるわけではない。
何かを知ってても、無剣に降った今、何もかも話しているだろう。今さら何の価値があるのだ。
夜燭言:これほど大掛かりな仕掛けを作っても花雨を消すことは不可能に近い!なぜほっとけない?
千隠:貴方には分からない。
花雨を育てたのは私であって、貴方ではないからな!
千隠:花雨の全ては私が教えたのだ。
引き取って以来、あの子は私が定めた規則に従うよう努力し、日々私が望むように成長した。
私の最高傑作だったのに、私を裏切ったのだ!育ての親である絶命堂を裏切ったのだ!
夜燭言:黙れ!
お前はあの子を殺人の道具としか見ていない。よくもそんなことが言えるな。
千隠:ふん、だからどうした?
貴方は自分の武器に対して、何の感情も無いわけなかろう?
夜燭言:俺にもしそんな大事な武器があるなら、必ず全力で守る。だがお前はそうではなかったようだな。
自分に嘘をつくのはやめろ。
千隠:なんだと?
夜燭言:花雨を殺す理由を探しているだけじゃないか。
誰も花雨を殺そうとは思ってないってことだ!
千隠:?!
夜燭言:誰かが一定期間中に花雨に関係することをやれと命令したのだろう。
だがそれは殺すことではない。もしできなければおまえは死ぬ。
そして花雨が剣塚にいるからお前は死を悟った。だから彼女を殺すことにしたのだ。
夜燭言:お前が独釣寒江を選んだのは、
あいつが唯一花雨を殺せる可能性があるだけでなく、ことが終われば口封じもできるからだ。
それにあいつは相当な実力を持っている。もし無剣の手にかかってもお前は言い訳ができる。
夜燭言:自分が出来ない任務に対して最もらしい言い訳をな。
夜燭言:俺が人質になることがこの計画の鍵になるのだろう?
しかしお前に命令を下した人物はこのことを知りたくないだろうな。
千隠:はあ。賢いのは良いことばかりではない。
本当はここでゆったり、酒でも飲んでもらおうと思っていたのに。今となっては、死んでもらわなくてはならなくなった。
千隠は武器を構えて夜燭言の急所を狙った。しかし夜燭言は慌てずにゆっくり言った。
夜燭言:俺がお前なら、もう少し落ち着くがな。
夜燭言:そこまでするのは生きてこの絶命堂主を続けたいからだろう?俺を殺したら全て無駄になるぞ?
千隠:……
千隠が躊躇った最中、ドカンと絶命堂の扉が斬り裂かれて、物陰に隠れていた刺客たちが次々現れた……
自業自得
倒れた千隠が息絶えになっていた。
千隠:これが解毒剤だ……頼む、見逃してくれ……
夜燭言:何人も俺を利用して友を傷つけることはできんのだ。
千隠:貴様?!
夜燭言は解毒剤を手に取って、剣を振って千隠の心に突き刺さった。
無剣:解毒剤に間違いないよね?
夜燭言:千隠は死ぬのを恐れていた。自分の命のために花雨を殺そうとした。
それに比べ俺に解毒剤を渡せば生き長らえるとなれば簡単だよな。
無剣:経緯は後で聞くから、今は一緒にここを突破しよう。
夜燭言:解毒剤を飲んだばかりで体が思うように動かん。もうちょっと頼らせてもらう。
無剣:必ず剣塚まで連れて帰る。
夜燭言:「生きてる俺」で頼む。
無剣:ふん。
千隠は死んでも、残った刺客の中に、反抗するやつはまだいる。木剣に造られた魍魎と同じく、魂を失った人形みたいになった。
神隠しの花影
途中に夜燭言から推測した、千隠の計画を聞いた。
夜燭言:はは、千隠のやつ、逃げれば良かったんだ。自分が手塩に掛けて育てた絶命堂を捨てられず、こんな大掛かりな茶番を……
未練があるからこんなことになるんだ。
夜燭言:あの仮面の下を見てみたかったな。どんな顔をしていたのやら。
無剣:魂のない抜け殻に過ぎないのだ。
夜燭言:ははは、そうだな。
とそうだ、なぜ絶命堂まで俺を助けに来た?
千隠から、独釣寒江と決闘したと聞いたが。
無剣:俺は……
夜燭言:ちょっと待て、手がかりをくれ。当ててみる。
無剣:移花接木。
夜燭言はしばらく考え込んでから、大笑いをした。
夜燭言:花雨が貴方に変装して独釣寒江と決闘し、貴方は絶命堂に潜り込んだ?
無剣:ご名答。
夜燭言:しかし、なぜ俺が絶命堂にいると?
無剣:初めて独釣寒江に会った時、監視されたことに気が付き、
仕方なく赤血蓮の目の前で手合せるフリをして、情報を交換した。
あなたたちが脅かされたことを知った後、死闘で時間を稼ぐことを決めた。
無剣:再び決闘する前、花雨から私を変装する提案を受けた。そして妙薬で独釣寒江を仮死にさせた。
千隠のことを熟知する彼女の推測だと、あなたの居場所は千隠にとって最も安全な場所、つまり絶命堂だと。
夜燭言:なるほど!
千隠は思いもしなかっただろうな。自分が変装術で騙されるなんて。全く、自業自得だ。
無剣:そうだね。
夜燭言:これでケリがついたな。今度こそ剣塚でゆっくりさせてもらうよ。
無剣:ええ。もうすぐだ。
しかし、剣塚で迎えてきたのは花雨の笑顔ではなく、みんなの焦った顔だった……
大声で花雨を呼びかけたが、一切の返事をもらえなかった。
独釣寒江は五僵散の毒に当たって倒れている。彼の裾のしたに真っ黒な羽根が一枚あった。
無剣:どういう……こと……
トラちゃんと越女は涙がこぼれた。私はただ無言でいた。
夜燭言は一瞬沈黙したが、まもなく顔色が変わって、怒りを浮かべた。
夜燭言:やつだ。
夜燭言:やつが俺を騙し……そして俺たち全員を騙したんだ……
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