幽谷 仲合、同盟会話
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仲合物語
清冽の音
幽谷の低い吟唱が箜篌の音をまとっている。まるで薄絹に隔てられたかのようで、現実とも夢幻ともつかぬ光景だ。
私は静かに彼のそばに座った。その繊細な手で弦を弾き、美しい旋律を奏でる様子を見ていた。
幽谷:前の曲と、この曲、どちらがお好きですか?
無剣:ええと、それは……
幽谷:どちらも気に入りませんか?
無剣:ううん、そうではないですけど。ただ……
幽谷:仰ってください。
私は少し迷い、顔を上げると幽谷の優しい目と合った。
無剣:あなたの曲は、力強いところは流れる清泉のようで、しなやかなところはまるで共に囀る燕雀のような感じ。
無剣:どの曲も精巧に描かれた花のようで、美しいけれど、香りがない。
幽谷:香り?
無剣:うん、なんだか感情がこもっていないような気がして…
幽谷の指が突然止まり、曲も一瞬にして消えた。
無剣:私……何かおかしなこと言いました?
幽谷:……
彼は首を振って、指を縮こませた。幽谷の様子を見て、私もそわそわし始めた。
無剣:これは私の意見だから、気にしないでくださいね。
幽谷:いえ……さっきのが余所者の言葉でしたら、今ごろもうここにいなかったでしょう。
幽谷:ですが、これは君がわたくしに言ってくれたこと…フ、意外ですね。
幽谷:この曲を弾くときは、元々感情を込めていないんです。
無剣:えっ?
幽谷:人は技法の熟練具合や音色の清らかさを讃えますが、音律に含まれている感情を感じ取る人は少ない。 まさか、君に気づかれるとは。
幽谷:感情を曲の中に込める、フフ……
幽谷の目は少し暗く、口元につかめない笑みを浮かべた。
幽谷:わたくしの感情だと、いい曲にはならないでしょう。
幽谷:いえ……聴くにたえない曲になるでしょうね……
幽谷は顔を下に向けて、手に持っている箜篌に触れながら、考えに耽った。
切ない声
「キィンーー」琴の音が、夜の静寂を破った。
幽谷は崖に立ち、冷たい夜風に髪と服のすそを舞い上げられている。
幽谷:感情を曲の中に込める……か……
彼はつぶやきながら、指を弦の上に置いて、力強く動かしたーー
鋭い琴の音がすると、枝にいる鳥が驚いたのか羽ばたいていく。
幽谷:ふふ……
幽谷は冷笑して、下にある底の見えない谷を見下ろした。
幽谷:心の中の感情……
彼の指は再び弦を弾くが、琴の音は途切れ途切れで、曲にもならないほどだ。
幽谷:やはり。
幽谷は少し眉を顰め、指が軽く震えている。
幽谷:やはり……あの光景を思い出したら……
彼は少し目を閉じて、指で交互に箜篌の弦を奏でた。
瞬く間に、甲高い曲の音が谷に響いた。
数多くの弦が一緒に奏でられると、山崩れのような音がし、一つの弦が奏でられると鳳凰が泣いているようにも聞こえた。
雲霧が渡り、山の木が夜風に揺れながら、雫が一滴また一滴と空から降ってくる……
サー、サー、という雨音の中で、一曲が終わった。
幽谷の目が、赤くなっている。
幽谷:刀の山に血の海、死体が一面に広がる……
幽谷:フフフ、この琴の音に含まれている怒りは、恐らく永遠に消えることはないでしょう。
幽谷:こんな耳障りな曲、誰が聴く……フフフ……
幽谷は寂しく笑った。空一面に振ってきた雨が、その青白い顔を辛い流した。
君がための髪結い
余韻を漂わす旋律が、私の耳元につきまとう。
その音を辿っていくと、幽谷が眉を顰めながら、琴の弦に触れていた。
幽谷:目は覚めましたか?
彼は指の動きを止めると、琴の音も突然止まった。
無剣:えっと、私……邪魔でしたか?
幽谷:フ、まさか。
幽谷は私に慰めるような笑みを向けたが、演奏を続けることはなかった。
「ぱた」という音がするや、幽谷の桃色の水晶のような長い髪が流れ落ちて、肩に垂れ下がっていた。
無剣:髪止めが!
幽谷:ほぉ?
彼は軽く首を振り、散った髪を横に動かした。
幽谷:無剣、髪を結ってくれますか?
無剣:私?
私は少し迷ったが、幽谷は頷いて、そばに来るよう合図した。
幽谷の髪に触れると、とても柔らかく滑らかに感じた。
髪を何筋か集めて、掛帯で軽く巻いていく。
無剣:こうですか?
幽谷:そうですね、うまく結ってくださっていると思いますよ?
無剣:本当に……?
幽谷の肩にはまだ散った髪が残っていて、結った髪も少し乱れている。
幽谷:フ、まさかわたくしに教えてほしいのですか?
無剣:えっ?
幽谷は笑みを浮かべて、手を上げて私の腕を掴んだ。
幽谷:こうして……それからこうすると……
幽谷の動きに倣い、私は残りの散った髪を集めて、元結でゆっくり結っていく。
無剣:これでだいぶ整ったかな。
幽谷は私の手を放したあと、私を見つめながら笑ってくれた。
幽谷:ありがとう、です!
幽谷:無剣、明日の朝、わたくしの部屋に来てください。
無剣:……?いいですけど……
幽谷が手を揺らすと、琴の音が流れ、私の声をかき消していった。
心の扉に
無剣:今日は、また髪を結うの?
幽谷を見やると、私は思わず固まってしまった。彼はすでに髪を整えていて、乱れがない。
幽谷:いえ、今日は結構ですよ。
無剣:えっ?じゃ……なんで私を呼んだの?
幽谷:座ってくれますか?
彼の向こうに座るよう合図され、私は疑問に思いながらも腰を下ろした。
無剣:それで、今日は何をするの?
幽谷は私の質問に答えなかった。ただ静かに私を見ていて、その目はとりわけ優しい。しばらくすると、彼はゆっくりと口を開いた。
幽谷:君は…聴くだけでいい。
無剣:聴く?
彼は手を上げると、一連の琴の音が流れ落ちてきた。
いつもと違い、彼は唄わず、ただ腕の中にある箜篌を弾いていた。
私はだんだん呼ばれた意味が分かってきた。息を止めて精神を集中させ、箜篌の音を真剣に聴く。
微かに、曲の中には二種類の音調が含まれていて、互いに纏いつき、対抗し、回転している。
一つは甲高く騒然としていて、一つは清らかで快い。
幽谷の両手が交互に弦を弾くと、二種類の音調も上がっていく。雲にも届くようだ。じわりじわりと二つの音色に惹きつけられ、心が 張り詰めていく。
どれくらい経ったか分からないが、謂れのない気持ちが込み上げてきて、言葉に出来ないままそれが胸を打った。
「ディンーー」琴の音が突然止まった。私は顔を上げると、箜篌の弦が一つ切れていた。
無剣:幽谷、手は大丈夫?
幽谷は眉を顰めていて、指がずっと震えている。
無剣:弦が切れるということは、まさか……不吉の前兆?
幽谷: そうではありません。
彼は琴の弦をゆっくり繋いで、口元を少し上げた。
退廃的な音は、力強く弾く必要はありません。
そうなると、軽く弾かれることに慣れていた弦は、当然こんな激しい音に耐えられません。
幽谷:無剣、曲の中に、二種類の音調が存在することに気づいていましたか?
私はとにかく頷いたが、心の中ではいまいちはっきりしていなかった。
幽谷:一つは琴の音に含まれている怒りで、わたくしと共に在るものです。
そしてもう一つは……
幽谷:心の中でその人を想うときに、弾く音律です。
無剣:その人?
幽谷:うん。
幽谷は微かに笑い、優しいまなざしが私を包んだ。
幽谷:それはわたくしの髪を結ってくれる人であり、それはわたくしの前で、琴の音を聴いてくれる人。
幽谷:わたくしにとって、一番大切な人。
同盟会話
○○の幽谷:剣境は本当にボロボロですね。絵の世界の方がよどどマシですよ。
○○の幽谷:剣境を苦労して修復するより……
○○の幽谷:フフフ。
○○の幽谷:……ある人のために曲を作っています。
○○の幽谷:もう邪魔はしないでください。
○○の幽谷:でないと、同盟者とはえ容赦しませんよ。と。
○○の幽谷:ねぇ……
○○の幽谷:少しばかり似ていますが、やはり別人。
○○の幽谷:ですから君と話すのは、これでおしまいです。
判詞
二句目 人生は看破しても怨み愚痴多し
三句目 箜篌を弾いて悲しい曲を嘆き
四句目 大琴で合わせて恨む詞を唄う
五句目 幽谷が燃えつつ長い歌となり
六句目 夕日に染められ情を絶つ
七句目 荘子の夢は何処に帰るのか
八句目 葉が落ち氷が溶けてもなかなか言えない
コメント(1)
コメント
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・剣境は本当にボロボロですね。絵の世界の方がよどどマシですよ。
剣境を苦労して修復するより……
フフフ。
・……ある人のために曲を作っています。
もう邪魔はしないでください。
でないと、同盟者とはえ容赦しませんよ。0
削除すると元に戻すことは出来ません。
よろしいですか?
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