花落花咲
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花落花咲
落花の思い
剣塚の守りを強化してからこそ、意気投合した仲間を探し、木剣に対抗する力の蓄えられる。
そうでもしないと、剣塚の苦戦で力尽きてしまうでしょう。
剣塚の周辺に罠、陣法のほか、魍魎の忍び込みを防ぐために、定期的に交代する哨戒と夜回りも配置した。
この夜はちょうどトラと私が夜回りの番で、金鈴と金糸は剣閣の入り口で哨戒をしていた。
トラ:ガオ~
無剣:ふふ、剣閣での時間がつまらなかったの?
トラ:その通りだ!草原の虎はかごに囚われたくはない。
今日こそ魍魎にオレの強さを教えてやる!
無剣:はは、じゃあ私が援護してあげる。
ここ数日襲ってくる魍魎は数が多いだけではなく、とても凶悪です。
やつらに遭遇したらがむしゃらに向かってはいけないよ。
トラ:安心しろ、心得だ……
話が終わらないうちに、銀色の光が遠くから放たれ、星のように空を流れた。
素早い影が黒い影たちを飛び越えようとするが、追いかけて来た物に胸元を打ち当てられ、ドシンと地面に落ちた。
トラ:魍魎と女の子の声だ!
無剣:助けに行こう。
聴覚が鋭敏なトラちゃんはさっと駆け出し、走りながら角笛を吹き鳴らした。
私は地面を踏んで飛び上がると、無形の剣気で三日月のような光を振るい出し、追ってきた黒影を両断した。
???:ゴホ……ゴホゴホ……
トラ:大丈夫か?
???:私に構わず……行って……
トラ:おい?!
???:早く……行けっ!
少女は顔が白く、胸元は血に染められ、話が終わらないうちに気絶した。
取り囲んで来た魍魎に向かってトラが一喝し、金刀を握り半歩も後ろに退かなかった。
無剣:金鈴と金糸がすぐに駆けつける。
トラちゃん、彼女を守って。
トラ:わかった!
万全の守護
金鈴:大丈夫か?
無剣:血が多すぎて負傷の程度が判断しにくいわ。骨と内蔵が傷した可能性もある。
金糸、トラちゃん、早く彼女を剣閣に送って、私が掩護する。
トラ:任せろ!
金糸:安心してください~
そう言いながら、私はマントを外して地面に敷き、金糸とトラちゃんが慎重に彼女を下ろした。
金鈴:あなたのことですよ。
無剣:私?
金鈴は私の口元を指し、さっき剣気を放ったことを思い出した。
木剣と交戦してから、時間があまり経っていない。まだ体が完全に回復していないうちに必殺技を使うのはやはり無理なことだったらしく、たった一手でこのようなざまになった。
無剣:大丈夫、人を助けることが最優先ですよ。
ありがとう。
金鈴:いいえ……気をつけて。
無剣:(やつらの目標はこの女の子?)
金糸とトラが歩み出した途端、重傷した女の子が多くの手裏剣に襲われた。金鈴は武器を振るって手裏剣を落としてくれた。
無剣:彼女を連れて行って、早く!
金鈴:うん。
第二波の手裏剣を止めてから、私は暗器の仕掛けた位置へ飛んでいった。
満天の乱華
屠龍:よぉ、やっと帰ってきたな。助けに行こうかと思ったぜ!
無剣:ふふふ、今度そう考えた時に、直接来ればいいよ。
屠龍:はははははは!
倚天:さっきの女の子は聚賢閣にいる、見に行け。
屠龍が君の代わりに夜巡りを請け負い、俺はここで見張りをする。
無剣:けど、あと数日であなたたちは遠くへ出かける。他の人に手伝ってもらおう。
倚天:構わない。あの三人を探すのは容易なことでないから、途中で休めばいい。
屠龍:その通り!
そん時オレの足を引っ張るなよ、ちゃんとあいつらと勝負するんだからよ!
倚天:ふん、お前が負けたら私の番に。
屠龍:もう……!
何言ってもすぐ言い争いになる二人を後にし、早足で剣閣の客室に当たる聚賢閣に来た。
玄関に着くや否や、真武がちょうどゆっくりと出てきた。
真武:拙僧がすでに彼女に真気を送ってあげました。一日静養すれば大丈夫でしょう。
越女:道長、本当にありがとうございます!
真武道長が越女に別れを告げた後、私は一礼した。
無剣:道長は元々客人として剣塚に訪ねて来られたのに、手伝って頂き、本当にお恥ずかしい限りです。
真武:過褒ですよ。
真武:武術を習う者は常に義侠を抱くべきで、修行する者は常に人を基本とするべきです。
拙僧は武術を修行する者。辞することは許されないのです。
真武:君は体が弱々しく見えますが、それはさぞ人を助けた際に行力を消耗しすぎたからでしょう。見ず知らずの人のために命を懸けたこと、非常に感心致します。
拙僧が治療してあげましょう。
無剣:ご厚意ありがたく頂戴致します。
先ほど消耗したのは気力だけなので、しばらく休養すれば回復します。
道長は長い旅路で疲れているでしょうから、早く部屋に戻って休んでください。
真武:はは、ではお言葉に甘えさせていただきます。
無剣:ぜひ。
真武:一つ余計なことを言いますが、この天下の人はさまざまな異なる姿を持っています。決して目に映る物に惑わされぬよう。
無剣:道長のご箴言、深く心に刻みつけます。
真武道長が去った後、私は扉を軽く叩き、越女が頭を下げて私を通させてくれた。
ちらりと彼女の頬と両手についてる血が見えた。多分、彼女は今の姿を人に見せたくないのだだろう。
私はわざと彼女に背を向け、小さな声でたずねた。
無剣:彼女の傷はどう?
越女:胸元の傷は深くなく、骨まで傷ついてない。もう薬を塗って包帯で巻いてあるよ。
無剣:お疲れ様です。
越女:大丈夫だよ、人を助けるためなんだから!この女の子はどこから来たの?
無剣:私もよく分からない。剣塚の外で偶然出会って、彼女が魍魎に取り囲まれて怪我をしたから、連れ帰ったんだ。
越女:え?
無剣:どうしたの、なにがあったの?
越女:うん、こちらに。
越女は返事をして、私を隣の部屋へと連れていった。
石の机の上には二本の残り少い丸薬と、長さが不揃いの針が多く置いてある。
石椅子の隣には一本の精巧な傘が立てかけてあった。
無剣:全部彼女の物?
越女:そうだよ、彼女の髪飾りと襟の内側にあったの。あの傘にカラクリがあるみたいだけど、わたしはカラクリに詳しくなくて。
越女:妙手兄さんは物知りで、知識も雑に持っています。ひょっとしたら分かるかもしれない。
すぐ彼を呼んで来ますね。
無剣:もう来てるわ。
越女:えっ?
振り向くと、妙手は微笑みながら扉に寄りかかって扇子を振っている。
妙手:やれやれ……わざわざ匂い袋を置いて来たのに、気づかれちゃったか。
無剣:ふふ、あなたは壁を通り抜けられないから。いくら動きが早くても、風が吹いてくる。
妙手:はは、改めて見直したぞ。
無剣:大したことないわ。これを見て、どこの流派なのか分かる?
妙手:さすがにこの三つの物だけだと、私も手がかりが思いつかない。彼女の武術は見たか?
無剣:金の針を放ったらしい。
妙手:話を聞くだけでは特徴的なことはないな。直接彼女に聞いてみよう。
無剣:単刀直入に聞いたら良くないでしょう?
妙手:はは、綺麗な見た目と柔弱な表情は最も危険な偽装だよ。
あなたが聞きたくなければ小生に任せばいい。
無剣:……
???:ここは……剣塚……ですか?
躊躇するうちに小さい声が後ろから聞こえてきた。
こんなに近い距離から弱いツボに針を放たれようものなら、逃げられる人は少ないだろう。
花の本名
妙手:?!
越女:早く寝て!勝手に動いたら傷口が開いちゃう!
越女は急いで両手の血を拭き取って、彼女に手を貸してゆっくりと寝台に寝かせた。
無剣:心配しないでください。ここは剣塚内の客室です、もう大丈夫ですから。
???:……あなたたちが私を助けてくれたの?
妙手:いいえ、あなたを助けたのはこちらの二人です。
小生はここに佳人がいると聞いて見に来ただけ。
あなたの名前は?
花雨:花雨です。恩人のお名前は何ですか?
無剣:彼女は越女、あなたの傷を治療した子で、こちらの妙手の七番目の妹。
私は無剣、あなたが魍魎に傷つけられたところを見て、仲間と一緒にあなたをここに連れてきたんだ。
花雨:あなた方がなければ、花雨はきっと死んでいたはずです。
花雨:このご恩、必ず報います。
越女:身に余るお言葉です。
妙手:失礼ですが、お嬢さんは人探しに来たのですか?
花雨:はい。探しているのは、無剣です。
無剣:あなたとは全く面識がないけれど、一体何のために?
花雨:無剣を暗殺します。
妙手:ふふ、ってことは、お嬢さんは暗殺者?
花雨:絶命堂に従っていました。
妙手:まさかお嬢さんが最強の暗殺組織の一員だったなんて。
「千変万化」……
花雨:「絶命断魂」。
妙手:そう、確かに絶命堂の合図だね。
無剣:剣塚に来た真の目的、教えてくれますか?
花雨:庇いを求めるためです。
越女:もしかして花雨ちゃんは絶命堂を亡命したの?
花雨:堂主は仁義のない人だった。なら、良き主を選ぶべきです。
妙手:小生の知る限り、絶命堂は仁義二文字に一切縁のない一派ですが。
お嬢さんは初めて知りましたか?
花雨:知っていたけど、今回初めて体験しました。
妙手:というと?
花雨:堂主は仲間を殺せという命令を下ろしました。そして殺して、後悔しました。
越女:仲間というのは、支え合い、守り合う相手ではないですか?
なんで……
妙手:暗殺者の世界に仲間という言葉はない。あるのは後ろからナイフを刺す人だけ。
しかし、絶命堂の暗殺者は皆凄腕だと聞いている。お嬢さんはなぜ魍魎に敵わなかったんですか?
花雨:敵わなかったわけじゃない。偽装です。
無剣:魍魎に追われているふりをして、剣塚に潜り込むために。
花雨:そう、私は裏をかいて、やつらから逃げました。
無剣:本当のことを教えてくれた以上、私たちは余計なことを詮索しない。
安心して剣塚に住んでください。越女、しばらくのあいだ彼女の面倒を見てあげて。
越女:任せて~!
花雨:本当にいいんですか……
無剣:うん。
大丈夫、ここにいる仲間はあなたを裏切らないから。
花雨:……
少し念を押して、妙手と私は部屋を出た。
無剣:絶命堂のこと、信じられる?
妙手:私が知る限り、花雨さんは嘘をついてない。
絶命堂は暗殺者を育てる専門家で、任務を実行する暗殺者は皆多くの同門を殺してきたものだ。
妙手:暗殺する方法はさまざまだが、特に偽装と変装に長ける。だからあの合図がある。
無剣:千変万化、絶命断魂?
妙手:うん。
それに、最近絶命堂が木剣に帰服した話は聞いていた。もしかすると花雨さんの任務に関係があるかもしれない。
無剣:木剣か……分かったわ。注意します。
妙手:彼女の身柄を預かりたいなら、戦う準備をしなければならない。
絶命堂は裏切り者を一人残さず殺すからね。
無剣:分かったわ。気をつけます。
話している間に、剣塚の外からけたたましい角笛の声が聞こえてきた。
妙手:今夜は魍魎の襲撃が頻繁すぎる。恐らくなにか企んでいるかな。
無剣:ここにいて。私が支援しに行く。
夜中の剣気
昼になって襲ってくる魍魎もいるが、散り散りとしていて大した脅威にはならない。
越女のもとで精一杯面倒を見られたおかげで、花雨は間もなく元気になった。
隣にいた妙手は異常なところを見つけられんかったため、ぷんぷんして立ち去った。
夜、星屑がだんだんと消え、月明かりが水の如く降り注ぐ。
私は静かに巨剣の上に立ち、剣塚全体がことごとく視界に映った。
周囲に何の気配もなく少し安心したが、剣閣の入り口でさっと通り過ぎた姿が私の注意を引き起こした。
花雨:?!
無剣:夜も更けている。部屋で休まず何しに来たの?
花雨:武術の練習です。
無剣:ほぉ?
花雨:傷は癒えたから、懸命に練習しなければいけません。
無剣:それなら、私でよければ、相手になりましょうか?
花雨:恩人の命令は必ず従います。
無剣:これは命令ではないわ。仲間同士の稽古に過ぎない。
花雨:仲間……稽古……
花雨は無意識に半歩退き、感情を込めずにその四文字を繰り返している。
無剣:ごめん、私がちゃんと説明できていなかった。
稽古とはお互いに武術の理解を深めるためですよ。相手に触れたらすぐ止まり、相手の命を狙ってはだめ。
花雨:なるほど、いいですね。
無剣:あなたは傷が治ったばかりで、私も後で夜回りをしないといけないから、手合せするのはよくない。
あなたは暗器に長けるから、同じようなやり方この小石を投げるといい。
花雨:あなたの剣は?
無剣:ふふ、見れば分かるよ。
他のことを聞かず、花雨は小石をいくつか拾いあげた。
彼女はまず小さい一粒を取って、人差し指と中指で石を軽く転がす。さっと腕が翻って、石が空を飛んでいったが、そんなに速くない。
私は笑いながら頭を横に振って、指を剣のようにして空に刺した。数丈先の小石が一瞬で数十粒に砕けた。
花雨:今のは?
無剣:剣気だよ。
花雨:もう一回。
無剣:かつて幸運にもあなたの武術を見た。星屑が空を破るようで、素敵だった。
腕前を披露してもらってもいいですか?
花雨:食らえ。
花雨は残りの小石を指で弄り、ひゅっと小石は早く飛んでいった。
私は指を振って、八粒の小石が同時に割れた。
(花雨はその場でぽかんとした。読めない表情が初めて変化したが、驚きは一瞬で消えた。)
無剣:いい腕前!
けど今のあなたは気力不足だから、まだ上手く角度と速度を制御できていないみたいですね。
花雨:剣なし、形なし、打ち所なし。
無剣:それは過褒だよ。あなたがすっかり回復したら、また勝負しよう。
花雨:宜しくお願いします!
花雨:失礼します。
花雨は何も言わずに剣閣に戻っていった。
私は倚天と交代して剣塚の夜回りを始めた。
信念について
夜になると、一緒に夜回りしてもいいかと私に尋ねた。
無剣:夜回り?
花雨:うん。
無剣:それだけ?
花雨:それだけです。
無剣:よし、行こう。
敵と遭遇したら私が迎撃して、あなたは敵の隙間を見つける。
時機が来たら一緒に敵を制圧しよう。
花雨:わかった。
私は花雨と星あかりを浴びながら剣塚を出た。道中彼女は何も言わずに、ただ警戒しつつ周りを見ている。
無剣:魍魎がどこから来たか知ってる?
花雨:わからないです。
無剣:元々魍魎は私たちと同じ人間で、引魂鏡に魂を吸い出されて体が空っぽになってしまったんだ。
花雨:その人たちは死んだの?
無剣:そんな感じで、そうでもない感じ。生ける屍だね。
魂の力を奪われたため狂ったように人を攻撃します。記憶が残っていても、親しい人を殺すことは阻止できない。
花雨:……
無剣:ずっとやつらと戦ってきたけれど、それがやつらのせいじゃないことはよく分かってる。
花雨:なぜ?
無剣:やつらを始末する時、たまに遺言が聞こえたようなことがある。
それぞれの過去があるけれど、人の命を奪うこととは関係がなくて。
逆に、人を助けるために魍魎に化けたのもいた。
花雨:まさかそんな……
無剣:自分の行動を制御できたのなら、きっと人を傷つけないよう、一切の代価を惜しまなかったと思う。
花雨:ねぇ……
無剣:あの魍魎たちは全部木剣の陰謀の生贄だ。
やつらが背負った罪は、全て木剣が背負うべきものなんだ。
花雨:木剣?
無剣:魍魎の厄災の元凶だよ。さっき話した引魂鏡が彼の「傑作」なの。
彼は私の最も仲のいい人物の一人だったけど、今は自分のために五剣の境を深淵へと落そうとするものになった。
花雨:……
無剣:このことの経緯は後で教えてあげる。
今は戦いの準備を整えよう。
花雨:どこ?
無剣:上だ。
私は後ろへと退きながら花雨を押しのけた。鋭い爪が手前の地面に一瞬跡を二本残した。
甲高く悲しい狼の鳴き声が森に響き渡り、両側で待ち伏せしていた魍魎が一気に襲いかかってきた。
黙然無言
花雨:うん。
無剣:冥狼爪は木剣の精鋭だ。剣塚の周りに現れたということはきっと何か陰謀があるはず。早く剣塚に戻ろう。
花雨:……
私は背を向けて立ち去ろうとしたが、花雨は長い間ついてこなかった。
振り向いて見ると、彼女は自分の両手を見ていて、指先が少し震えている。
無剣:花雨?
花雨は自分の気持ちに浸り込んだまま、返事をしなかった。
無剣:帰る?
花雨:なに?
無剣:剣塚。
花雨:あ、はい。
散りゆく白
しとしとと降る雨の中に、花傘を差す女の子が私と対峙している。
その元気のない瞳から、彼女の苦しみが窺える。
もし彼女に私の心が読めていたなら、この夜私と会うべきではなかった。もしかして彼女は私の心を読めていたけど、この夜私と会わなければいけなかった。
暗殺者は、必ず任務を果たす。流れる時間のように、誰も止めることはできない。
無剣:あなたの標的は、誰?
雨が傘骨に沿って花雨の目の前の水溜りへと滴り落ちる。綺麗な顔はもう朧ろげになっている。
花雨:とくにない。
無剣:あなたは絶命堂の暗殺者だった。旅装と行動に殺意が潜んでいる。
花雨:それは昔の話。
無剣:でも、あなたは過去を切り離れせていない。
花雨:なぜそんなに自信が?
無剣:あなたの偽装はとても優れている。わざと自分の正体を明かし、本当の話をすることで信頼を獲得した。
けれど、あなたのような暗殺者はただの殺人道具にすぎない。真実が分からないから、自ら馬脚を現わした。
花雨:……
無剣:最初の命令は堂主から下されたもので、あなたに剣塚にいる私以外の人を暗殺させることだと思う。
もしあなたが最初からそう言っていたら、私はきっとあなたの行動を妨げるから、そうなるとあなたは手の施しようがなくなる。
無剣:だからあなたは私を暗殺するのが任務だと言って、時機を窺っていた。
無剣:でもあなたは木剣を知らない、事の事情も分からない。
いくら木剣が狂ったとしても、決して人に私を殺す命令は下さない。
花雨:なぜ?
無剣:最も明白な理由は二つある。一つ、彼は自ら私を殺したい。一つ、私は殺しても死なない。
花雨:……
無剣:絶命堂が木剣に帰順した以上、彼の思い通りに行動しなければならない。
無剣:あなたは真実によって真実をごまかすつもりで、裏をかいて剣塚に紛れ込む方法を取った。
けど、あなたも絶命堂もあくまで他人の傀儡にすぎず、木剣の打算を到底思いつかない。
花雨は傘を閉じて、慎重に足元に置いた。
彼女の服が激しい雨に濡らされ、彼女の目尻がきらきらと光っていている。頬を流れたのが涙か雨か分からない。
そのまま花雨は口元を上げて、微笑んでいる。
無剣:諦めよう。
花雨:刺客は手を出したら、必ず結果を残す。
無剣:馬鹿な真似を!
花雨:ごめんなさい、ありがとうございました。
話が終わると、花雨は暴雨の中に消えた。
しかしどんなに大きな雨音でも殺意を隠しきることができない。満天の針が私が立っていた場所に注ぎ込んだ……
刹那に散る花
すると彼女は袖の中から八本の金針を放り出し、私は急いで転身し避けた。
その刹那、彼女は金針で自分の首筋を刺そうとした。私は針先へ指を伸ばそうとしが、
彼女は針の角度を調整して放った。軽快な音の後、花雨は水溜りに倒れた。
無剣:なんですって!?
花雨:刺客の運命、人を殺し、己を殺す……
崑崙の約束
しかし彼女は一心に死を求め、私の手出しを予測して、針を自分の肩に挿し込んだ。
この夜、私と真武道長が真気で彼女の命を保てた。しかし毒が体中に広がることは止められなかった。
花雨の息がだんだん浅くなり、体が寒くなったり熱くなったりして、少し硬いようだ。
この世に花雨の毒を解ける人物がいるとしたら、それは霊蛇荘主だ。
見張りに剣塚のことを任せ、私は昼夜休まず崑崙山に向かい、かの毒使いの達人を訪ねた。
崑崙の小道に沿ってしばらく歩くと、見慣れた姿がふわりとやってきた。
無剣:飛燕、久しぶり。
飛燕:ふん、あなたか。
無剣:霊蛇荘主はいますか?
無剣:なんでまた霊蛇様のもとに来た?
無剣:友人が猛毒に襲われ、解ける人がいないため、助けを求めに来ました。
飛燕:そのまま死なせればいい、私たちとなんの関係がある?
無剣:霊蛇荘主が日頃から毒の研究に没頭していることを知ってる。今回は友人の命のためだけではなく、荘主に珍しい毒を紹介してあげるためです。
荘主に通達してくれますか?
飛燕:ほお?珍しい毒……分かった。
ここで待っていろ、すぐ戻る。
無剣:よろしく頼む。
切れた針が入っている木箱を飛燕に渡した。
間もなく、霊蛇と飛燕は雪を踏み分けてやって来た。
無剣:霊蛇様。
霊蛇:ふん、絶命堂の五僵散が「珍しい毒」に名を連ねるほどのものか?
無剣:まさか荘主はもう解毒剤を?!
飛燕:本当に知らぬのか?
無剣:なにをですか?
霊蛇:まあいい、教えてやろう。
この五僵散は五つの毒虫と五つの毒花で作った毒で、異なる毒がお互いを相殺し、飲んだ者は五日後自己回復する。
しかし、その五日間のうちは話す、見る、動くことができず、音を聞けるだけで、死体と変わらぬ。
無剣:仮死状態?!
霊蛇:その通り、安心するがいい。
そなたの友人が無事であると分かった以上、今日は手合せの約束を果たしてはどうだ?
無剣:話せば長くなるから、今は急いで剣塚へ戻らなくてはいけない。
問題を解決したら、またお邪魔します。
霊蛇:いつも同じ言い訳で躱すな。その身分にふさわしくないと思うが?
無剣:そうだけど……では、お二人とも剣塚には来れないでしょうか?
剣塚の安全を守った後なら、いつでも手合せできる。
飛燕:上様を呼べば来るとでも?
霊蛇:……飛燕、旅装の準備をしろ。
飛燕:霊蛇様?!
霊蛇:少しの間剣塚を訪ねる。
飛燕:承知しました!
無剣:感謝致します!
命を救いたいから、お先に失礼します。また剣塚で会いましょう。
霊蛇:宜しくお願いします!
剣塚の方では、みんなが交代で花雨の面倒を見ながら、責任をしっかり守っていた。
花雨が毒に襲われてから五日目、外から聞こえてきた角笛の音が剣閣の平和を破った。
見渡してみると剣塚の周りに魍魎がどんどん集まってき、冥狼爪の指示で攻撃を仕掛けてきた。
古墓派は率先して出撃し、機関陣を利用して魍魎の先頭部隊と渡り合っている。
倚天と屠龍は脇の方から走り、単身の力で魍魎の精鋭を制圧。
剣塚の中では、花雨を守る越女とトラ以外の者が真武道長の指示で敵軍を迎え撃っていた。
越女:花雨ちゃん……
無剣はもう崑崙山に薬を探しに行ったよ。
もう少しの辛抱だから……
越女は寝台に腰掛け、濡れた布巾で花雨のこわばった手を優しく拭いた。
拭くたびに彼女は声を詰まらせ、ふい背を向けたら、思わず涙が滲み出てしまった。
トラ:絶命堂の野郎、女の子にこんな汚い手を使うなんて!
オレがここにいるかぎり、花雨を連れていかせるもんか。
越女:トラちゃん、私たちの武術は平々凡々なんだから、無理しないで。
トラ:まさか花雨を置いて自分一人だけ逃げるのか?
越女:そういうわけじゃないよ……
もし敵が多いなら、花雨ちゃんと一緒に剣塚を離れて、崑崙山に行く。
私が追っ手を食い止める。
トラ:安心しろ!そんなことあるわけない!
やつらが剣塚を破れるわけないからな、へへん!
越女:うん……
トラ:破られたとしても、このトラがやつらを止めてやる。
俺は無剣と約束したんだ。
花雨を守って、誰にも渡さないって。
トラ:男は必ず約束を守る!
トラちゃんは越女に向かって頷き、堂々と胸を叩いてみせると、越女の涙ぐんだ顔が笑顔になった。
越女の背後に、トラの目が届かないところで、金針を握る手はずっと震えていた……。
私が剣塚に戻った時、魍魎の攻撃がなお続いていた。
幸い、すぐ魍魎と戦っている倚天と屠龍の姿を見かけた。
昼夜問わず道を急ぎ、体力を消耗しすぎているせいか、私は内力で声を伝えようと思った瞬間に咳き込んで血を吐き出してしまった。
もう一度伝えようとしたら、魍魎がすでに近づいてきていた……
花咲くこころ
魍魎たちは必死に私を引き止め、仲間たちとの合流を邪魔している。
遠くでは、倚天たちは疲労をあらわにしていた。さぞ長い間ずっと戦っていたんだろう。
たくさんの魍魎によって分断されたまま攻撃され、だんだんと劣勢に陥っていた。
危機一髪の瞬間、素早い影がヒュッと剣閣から現れ空中を歩むように舞った。
白い手で花柄の傘を開き、持ち手につけている仕掛けに指をかけた。
一瞬、傘は月を遮り、傘骨が霜を降らせ、寒光が雨のように降り注いだ。私を囲んでいた魍魎のことごとくが倒れていく。
無剣:(花雨?!)
細かく考える余裕がないまま、一瞬の隙を掴んで気を運んで飛び上った。
私を止めようとする魍魎たちは金針で一つ一つ撃ち落とされ、私は無形の剣気を使って仲間たちを助けた。
屠龍:来るのが遅い!
金鈴:ふふ、戻ってこれたのならそれでいいよ。
倚天:問題なければ、まずは魍魎の大軍の消滅に集中するぞ。
無剣:うん。
前に出ようとした時、金鈴は武器で私を引き止めた。
屠龍:待て!お前はここを抑えていりゃいい、突撃はこのオレ、屠龍にしかやれないからな!
屠龍:倚天よ、どっちの刃が鋭いのか、勝負しないか?
倚天:フン。望むところだ。
無剣:二人とも……
金鈴:僕が援護に行きます。
頼もしい三人の後ろ姿を見ながら、私は一瞬胸が詰まった。
ひっそりとやって来た花雨は相変わらず冷たいが、彼女の変化を感じ取れる。
花雨:仲間……気に入った。
無剣:ふふ。越女とトラちゃんは大丈夫そう?
花雨:疲れて、寝てる。
無剣:彼らを傷つけずにいてくれて、ありがとう。
花雨:仲間は傷つけない。
無剣:私と一緒に援護しに行こう。
花雨:うん。
剣塚と共に
私と花雨はそのまま夜回りの任に就いた。
花雨が本気で私たちを助ける姿を見せたことで、以前騙したことをもう問い詰めないようにしながら、直接彼女にこう聞いた。
無剣:花雨、剣塚に残ってもらってもいいかな?
花雨:私……その資格ある?
無剣:もちろん、あなたは私たちの仲間だよ。
花雨:……
花雨:恩人さん、ご命令を。
無剣:よく聞いて。これは私からの最初の、そして最後の命令だ。
無剣:これから先、あなたはもう誰の命令にも従う必要はない。自分の心のままに行動すればいい。
花雨:ねぇ……
花雨は目を僅かに大きく開いた。そんな変な命令を、今まで聞いたことがなかったのだろう。
彼女の迷いは一瞬で消え去った。相変わらず綺麗で無表情な顔をしているが、その心の底で気持ちが高鳴っていることが分かる。
花雨:はい!私は、ここにいたい。
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